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2012年05月10日

日本陸軍、下士官兵用襟布の変遷

日本陸軍の下士官兵が着用した襟布を紹介します。

日本陸軍の軍装を語る上で欠かせないものの一つが軍衣、夏衣の襟につける襟布(えりふ)、カラーの存在です。
昭和期の襟布はよく知られるところですが、その変遷はあまり知られていませんので解説がてら紹介します。

①明治三十一年以前の襟布

まず最初に用いられた襟布は長方形の白キャラコを畳んだものでありました。
何年からこの形であったのかはわかりませんが、素直にヨーロッパに倣った物であったと考えられます。
折りたたみ方法不明ながら、襟の高さを考えると6つ折程度にして、首に巻いていたと思われます。
こうしてみるといかにもカラーらしいのですが、この時代はまだ襟への縫い付けは行われておらず首を前に曲げると後ろがせり出し、露出してしまうという不具合があったため、後に改正に至りました。
・用いられた戦い 日清戦争 台湾征討(?) 西南戦争(?)

②明治三十一年改正襟布

前記の理由で三角巾型に改正がなされました。
全体形は後の時代の物と同じに見えますが微妙に寸法が異なります。

大きくはみ出した三角形を首から背中にかけてかけ、衣で覆うことで外れにくくした物となりました。
首周りは最厚部4枚重ねです。またこの時代は夏衣に襟布は用いなかったという資料もありますが、実態は不明です。
・用いられた戦い 清国事変 日露戦争 第一次世界大戦

③大正十年改正襟布

改正理由は不明ですが、旧来の襟布は首に巻くと三角形の部分にシワがよりやすかったためかもしれません。
それと、少し寸法が変わりました。折り返し回数が増えたことで後頭部の三角形は小さくなり、最厚部で6枚重ねとなっています。三角形がわずかながら露出しているのは、襦袢と衣で挟み込んでずれにくくした機能を少なからず残したためであったと考えられます。

襟布を襟に縫い付ける、という方法も自然発生的にはじまっていたと考えられ、公式にも「襟に縫い付けても良い」とされました。
襟布は襟上端から3mm程度を露出させて用いました。
・用いられた戦争 満州事変 支那事変 太平洋戦争

④昭和十三年改正襟布


支那事変の戦訓により白キャラコから茶褐キャラコに改正されます。形状は三角形先端部分が製造当初より除去されている等の変化があります。
公式には白の襟布は廃止されたはずですが、依然として支給され続けたようで、外出、演習と使い分けるために白と褐色の二種類が同時に支給されたという証言もあるようです。
また、各種資料から、この昭和13年改正あたりで衣の襟の形状が立襟から立折襟に変わった際、ズレやすくなった襟布を襟裏に「縫い付ける」ことが公式となったのではないかと推測しています。

・用いられた戦い 支那事変 太平洋戦争

以上です。

なお、画像の品とは別に別途複製品も販売しております。
火熨斗済みで各種一枚500円です。
イベントなどで見かけましたらよろしくおねがいします。
この記事へのコメント
こんばんは。
ビクトリーショーで略帽の垂れ布を購入させて頂いた者です。古鷹屋さんの略帽に取り付けましたが形が素晴らしいです。今後も古鷹屋さんの商品を購入してゆくつもりです。
Posted by kame at 2014年07月03日 21:44
kame様
コメントありがとうございました。
更新が滞っておりまして申し訳ありません。
垂布、好評いただきましてありがとうございます。製作した甲斐がありました。
略帽ともども使って馴染ませていただけるとうれしいです。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by 古鷹屋 at 2014年07月05日 19:02
 
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